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<title>蝉と向日葵と、きみ</title>
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<description>P r o m i s e d　 p l a c e　～ I wish you well～
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/09-981a.html">
<title>#09 彼女の名前、僕の名前</title>
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<description>植え込みのせいでベンチがあることに気付かなかったが、よく見るとあずまやになってい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;植え込みのせいでベンチがあることに気付かなかったが、よく見るとあずまやになっている。ケヤキがかしいでよけいに薄暗い。&lt;br /&gt;僕は女の子にむかって小さく頭を下げた。&lt;br /&gt;けれど反応はない。&lt;br /&gt;ただ僕を、身動ぎもせずにじっと見ているだけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なんだろう…&lt;br /&gt;なにか怒ってるんだろうか…&lt;br /&gt;僕のこと、だろうか…？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;周りを見回した。僕以外に人がいる気配はない。公園の中には僕と彼女だけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「……」&lt;br /&gt;よく分からないけれどたぶん、僕が悪いんだろう。だからあんなに真っ直ぐに僕を見ているんだ―――。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;控えめに様子を窺いながら気まずいままに来た道を戻った。不恰好に顎を上下させては無反応な彼女に、気に障ったならごめん、と精一杯の意思表示をする。そして重大なことに気がついた。&lt;br /&gt;彼女の目線が徐々に離れていく僕を追ってこないことに。リラックスした姿勢のまま、じっと虚空を見ていることに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;頭の中がフル回転で現状を把握した。&lt;br /&gt;よく見ると彼女の脇には盲人用の白杖があった。僕を見ていた（と思い込んでいた）視線は瞬きのあとも位置を変えない。肩にかかるふわりとした髪の先が風に揺れて、彼女の頬が揺れた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そうか、&lt;br /&gt;彼女は風を受けているんだ。&lt;br /&gt;さっきの僕みたいに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は突然、なにかに突き動かされた。気がつくと彼女に向かって歩き出していた。&lt;br /&gt;彼女が気配に反応した。自分に向かってくる足音に神経を集中させるのが分かった。耳を欹てて僕の様子を窺っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こんにちは」&lt;br /&gt;控えめに声を掛けた。&lt;br /&gt;「……こんにちは」&lt;br /&gt;彼女が答えた。&lt;br /&gt;鈴のような、細くて可愛い声だった。&lt;br /&gt;「ひ、ひとりですか？」&lt;br /&gt;近づくにつれ緊張が強くなった。恥ずかしいことに意識しすぎてどもってしまった。店員以外の異性（それも女の子）に話しかけるなんて何年ぶりだろう。&lt;br /&gt;「あ、あの、僕、仕事で、友達の仕事につきあって、ここに来て、で、今日はすごく気持ちのいい、天気だな、って、思って」&lt;br /&gt;吃音に気を取られたら今度は言葉がぶつ切りになってしまった。どっちにしても格好悪い。&lt;br /&gt;僕はあきらめて、深呼吸した。&lt;br /&gt;彼女はじっとしたままだ。&lt;br /&gt;「おじゃま、ですか？」&lt;br /&gt;一番初めに聞かなければいけないことを僕はようやく口にした。彼女がくすっと笑った。右の頬にえくぼができた。唇が開く。&lt;br /&gt;「いいえ。じゃまじゃないです」&lt;br /&gt;「ほんと、ですか…」&lt;br /&gt;僕は泣きそうだった。女の子に拒絶されないなんて、夢じゃないよね？&lt;br /&gt;「よかったら、ここ、座りませんか」&lt;br /&gt;彼女は腰をずらして十分すぎる僕のためのスペースを空けた。手探りで杖を引き寄せる。僕は慌てて手を貸した。&lt;br /&gt;「ありがとう」&lt;br /&gt;虚空に向かって彼女が言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そっと隣に座った。目が見えない子に会ったのは生まれて初めてだった。日本の総人口からすると障害を持った人はどのくらいなんだろうか…。世間をあまりに知らない自分が後ろめたかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ここは気持ちがいいでしょう、いい匂いで」&lt;br /&gt;「あ。…うん。ほんとうに」&lt;br /&gt;大急ぎ鼻から息を吸った。匂いなんて、全然気にしてなかった。&lt;br /&gt;「そろそろキンモクセイが咲くかな」&lt;br /&gt;「え？」&lt;br /&gt;「いい香りだなって思ってるといつのまにか散ってる花」&lt;br /&gt;僕は公園の円周をざっと見渡した。オレンジの色はどこにも見当たらない。&lt;br /&gt;「一日でも早くキンモクセイに会いたいから、毎日来ちゃうの」&lt;br /&gt;彼女はまた片えくぼで笑った。&lt;br /&gt;「家は？」&lt;br /&gt;「この近くよ」&lt;br /&gt;「そうなんだ」&lt;br /&gt;いいところだね、静かで、と言うと、彼女は頷いた。&lt;br /&gt;風が頬を撫でた。柔らかい、秋の風だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「…えっと、僕は島田洵っていいます。きみは…？　良かったらでいいけど…」&lt;br /&gt;初対面の女の子に名前を聞くときはこんな感じでいいんだっけ？&lt;br /&gt;いろんなことが久しぶりすぎて不安になる。&lt;br /&gt;「私は」&lt;br /&gt;彼女の顔が僕の方向に傾いた。はにかみながら唇が開いた。&lt;br /&gt;「瀬尾園子（せおそのこ）です」&lt;br /&gt;「瀬尾さん」&lt;br /&gt;名前をなぞった。その瞬間、喉から柔らかな熱が広がった。やがて内臓にも、僕を取り囲む空気にも伝染する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「僕のことは、洵って呼んで、ください…」&lt;br /&gt;胸を押さえながらようやく言うと、瀬尾さんはにっこり笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/10-0bf1.html&quot;&gt;次を読む&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2008-12-03T18:37:25+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/10-0bf1.html">
<title>#10 自己紹介</title>
<link>http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/10-0bf1.html</link>
<description>「ステキな名前ですね」 「そうかなあ」 「うん、とっても呼びやすい」 「はは、は...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「ステキな名前ですね」&lt;br /&gt;「そうかなあ」&lt;br /&gt;「うん、とっても呼びやすい」&lt;br /&gt;「はは、は…」&lt;br /&gt;本当は僕も、彼女のことを、園子さん（園子ちゃんならもっといいけど）と呼びたいけれどうまく言葉にできなかった。数日前、秋夫を「鈴木くん」から「秋夫」と呼ぶにあたって揉めたことを思い出した。秋夫に、「めんどくさいヤツ」とうんざりされたのだ。自分ではそんなつもりはなかったのに。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵くんはどんな人ですか？　どこから来たの？」&lt;br /&gt;もたもたしていると瀬尾さんが笑いかけてきた。興味津々、といった頬がとても可愛らしい。&lt;br /&gt;「――――え、…っと」&lt;br /&gt;瀬尾さんの表情から笑顔が消えかけて慌てて口を開いた。僕は、瀬尾さんの目が見えないのをいいことに至近距離でじっとみつめていたらしい。しかも無言で。&lt;br /&gt;大きく息を吸い込んだ。&lt;br /&gt;「僕はここからバイクで二十分くらいの…」&lt;br /&gt;「バイク！」&lt;br /&gt;瀬尾さんが突然叫んだ。肩がきゅっとあがった。&lt;br /&gt;「バイクに乗れるんですか！　素敵！」&lt;br /&gt;「…いやあ、」&lt;br /&gt;興奮する瀬尾さんに、「後ろに乗っかってきただけ」と言える勇気はなかった。&lt;br /&gt;「ごめんなさい、話止めてしまって。続けてください」&lt;br /&gt;口ごもった僕が気を悪くしたとでも思ったのか、瀬尾さんのテンションがすっと落ちる。僕は慌てて片手を振った。けどそうだ、見えてないんだ、と思い出す。気を取り直して自己紹介を続けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「年は二十四才。三月生まれのＡ型。家族は単身赴任中の父と、専業主婦の母、それから大学生の弟との四人。趣味は映画鑑賞。あとネット。仕事は……」&lt;br /&gt;言葉が途切れた。慌てて繋げる。&lt;br /&gt;「今は無職なんだ。病気で働けなくて」&lt;br /&gt;「どこか悪いの？」&lt;br /&gt;「うん、体調がちょっと」&lt;br /&gt;瀬尾さんの表情が同情で曇った。僕は曖昧に濁す。&lt;br /&gt;心の病気だなんて言ったら引かれるな、と計算している僕は浅ましいだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「せ、瀬尾さんは？　瀬尾さんのことも知りたいな」&lt;br /&gt;反則気味に切り返した。瀬尾さんが姿勢を正した。&lt;br /&gt;「私は十二月で二十一才になります。Ｏ型。趣味は音楽を聴くこと。音楽ならなんでも好き。ロックでもポップスでも、クラッシックでも」&lt;br /&gt;それから、と続けて瀬尾さんは後ろを指した。&lt;br /&gt;「すぐそこのアパートに姉とふたりで暮らしてるの。姉はとっても歌が上手なのよ。将来はきっと歌手になる。絶対に。高校生のときにはファンクラブもあったくらい、すごい人気だったんだから」&lt;br /&gt;「自慢のお姉さんなんだね」&lt;br /&gt;途中から瀬尾さんの自己紹介はお姉さんのことになった。&lt;br /&gt;「そうよ。綺麗で優しいの」&lt;br /&gt;「あとは運だけってことか」&lt;br /&gt;「今はレッスンに通ってる。だからきっとチャンスはくるはず」&lt;br /&gt;「へえ、すごいな」&lt;br /&gt;「早くお姉ちゃんのデビューが決まればいいなあ」&lt;br /&gt;瀬尾さんのわくわくした横顔を見ながら、僕は彼女のお姉さんを想像した。ふんわりとした女の子で、目尻はきりっと上がっていて、笑うとえくぼができて、鼻はちょっと小ぶりだけどすっきりしている、唇は―――&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕はハッとして視線を外した。性懲りもなくまた凝視していた。第一、お姉さんを予想するのにそのまま瀬尾さんをなぞってもあんまり意味がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵くん？」&lt;br /&gt;瀬尾さんが唇を窄めている。どうしたの？　と問い掛けられている。下唇の厚みがどことなく扇情的でどきりとした。唇にも表情ってあるんだな、と思う。だから逸らしてもすぐに吸い寄せられてしまう。&lt;br /&gt;「ううん、なんでもない。ごめん！　瀬尾さんのお姉さんに会ってみたいなってちょっと思ったから」&lt;br /&gt;「ほんとう？」&lt;br /&gt;「きっと素敵な人なんだろうなって」&lt;br /&gt;だってきみと同じＤＮＡだよ、素敵じゃないわけがないよ。&lt;br /&gt;瀬尾さんは、ありがとう、と噛みしめるように言った。&lt;br /&gt;「あ、あの、僕とともだ――」&lt;br /&gt;競りあがってきた情熱に押された。僕は彼女と仲良くなりたいと願った。これから先、未来のはなしだ。けれど僕を探す秋夫の声がそれを遮った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/11-482a.html&quot;&gt;次を読む&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　◇　　　　◇　　　　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2008-12-11T11:59:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/11-482a.html">
<title>#11　秋夫の態度のこと</title>
<link>http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/11-482a.html</link>
<description>「洵！　なにやってんだよ、バイク見てろって言ったろ」 怒鳴りながら秋夫が公園内に...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「洵！　なにやってんだよ、バイク見てろって言ったろ」&lt;br /&gt;怒鳴りながら秋夫が公園内に入ってきた。大股で歩いてくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ご、ごめん」&lt;br /&gt;僕は反射的に立ち上がった。秋夫は厳つい顔で近づいてきた。言葉の響きほど怒ってはいないみたいだけど見分けるのは難しい。&lt;br /&gt;秋夫はずんずんと歩いてきて僕たちの前で止まった。瀬尾さんが自分の前に出来た影に笑顔を向けた。秋夫は黙ったままだ。瀬尾さんの笑顔が少しずつ小さくなっていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は使命感に突き動かされた。&lt;br /&gt;「瀬尾さん、あのね、こいつ、僕の友達で鈴木秋夫」&lt;br /&gt;まずは見えない瀬尾さんに状況を伝える。さっき話した「友達」だと言うと、瀬尾さんは親しみを込めて会釈した。次は秋夫に向かって言った。&lt;br /&gt;「秋夫、この人は瀬尾園子さん」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;秋夫は怪訝な顔で瀬尾さんを見下ろしている。おもむろに口を開いた。&lt;br /&gt;「目、どうした？」&lt;br /&gt;「ちょ、秋夫…！」&lt;br /&gt;僕は驚いて秋夫の腕を引いた。なんで初対面でそんなこと…！&lt;br /&gt;「見えてねぇみたいだけど」&lt;br /&gt;「秋夫！」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は初めて秋夫を怒鳴った。だってこんな露骨な聞き方ってないよ。&lt;br /&gt;「いいの。洵くん、だいじょうぶよ」&lt;br /&gt;瀬尾さんが手探りで伸ばした指が僕の服の裾を引っ張った。&lt;br /&gt;「喧嘩はしないで。私は平気だから」&lt;br /&gt;「でも」&lt;br /&gt;「ほんとうに私はだいじょうぶよ」&lt;br /&gt;「……」　&lt;br /&gt;瀬尾さんが眉間を寄せた。その仕草から言い争いが嫌いなのだと分かった。&lt;br /&gt;僕は唇を噛んで秋夫を睨みつけた。秋夫は当たり前のように睨み返してきたけれど、正義をまとった僕に恐怖心はなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「はじめまして」&lt;br /&gt;不穏な空気を散らすように瀬尾さんがにこり、とした。厳密にはそこに秋夫はいなかった。僕は秋夫の胸を押して彼女の問い掛ける位置に身体を押した。&lt;br /&gt;「えっと、鈴木くん…？」&lt;br /&gt;「秋夫でいいよ」&lt;br /&gt;僕はすかさず言った。秋夫はどうせ、自分の呼ばれ方なんてどうだっていいヤツだ。&lt;br /&gt;「じゃあ“秋夫くん”ね」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;返事をしない秋夫に苛立つ。瀬尾さんの目が見えていたら、この仏頂面の前に萎縮していたに違いない。出会った日の僕のように。&lt;br /&gt;瀬尾さんは気負わずに語り始めた。暴力的にぶつけられた疑問に答えるために。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「見ての通り、私は目が見えません。二年半くらい前に事故で失明したの。初めはすごく心細くて、怖かったけど、今は全然！　なんにも不都合はないし。強がりじゃないよ。ほんとうに、見えないことがハンデに思えないの」&lt;br /&gt;「…秋夫、聞いてるのか？　おまえに言ってるんだぞ」&lt;br /&gt;声を抑えて言った。秋夫はまだ不機嫌な顔を崩さない。&lt;br /&gt;「事故ってなんだよ」&lt;br /&gt;しかも更に、聞きにくいことを口にする。僕は額を押さえた。なんでこいつはこうなんだ。&lt;br /&gt;「えっと…、火事に遭って」&lt;br /&gt;瀬尾さんが初めて口ごもった。肩が小刻みに震えている。&lt;br /&gt;「もういいだろ、秋夫」&lt;br /&gt;秋夫の腕を引いた。人には思い出すのが辛いことだってある。&lt;br /&gt;「は。なにがいいんだよ？」&lt;br /&gt;「ごめんね、瀬尾さん。僕たちもう帰るよ。ほんとうに、ごめんね。…ごめん。ごめんね」&lt;br /&gt;秋夫の言葉を無視して瀬尾さんに声を掛けた。瀬尾さんは虚空に向かって左右に首を振った。健気にも笑顔を作っている。&lt;br /&gt;「ほらっ、秋夫、行こうっ」&lt;br /&gt;後ろ髪を引かれながらも、秋夫から彼女を守るためにこの場を去ることを決めた。&lt;br /&gt;「秋夫！　早く！」&lt;br /&gt;僕は叫んだ。ずんずん進む僕の後ろから秋夫はゆっくり歩いてくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「おまえ、なにイラついてんだ？」&lt;br /&gt;おもしろくない様子の秋夫に僕の我慢は限界を超えた。&lt;br /&gt;「なにって、分かんないの？　彼女に失礼だろってはなし！」&lt;br /&gt;公園の外に出るのを待って噛み付くように言った。&lt;br /&gt;「失礼？　失明の理由を聞いたのが？」&lt;br /&gt;「そうだよ！」&lt;br /&gt;「なんでだよ。疑問に思ったから聞いた。それだけじゃねぇか」&lt;br /&gt;「もういいよ！　とにかく行こう」&lt;br /&gt;僕はヘルメットを被った。どこまで議論しても平行線だと悟った。所詮、秋夫とは『性質』が違うのだ。心療内科の存在も知らないヤツに惻隠の情を期待するのが間違いなんだ。&lt;br /&gt;「帰ろう」&lt;br /&gt;憤怒を抑えて言った。観察するみたいに僕を眺めていた秋夫が、やおら肩をすくめた。僕がまるで我侭な子供だとでもいいた気に。業腹だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その日の夜、&lt;br /&gt;僕たちは秋夫が借りてきたDVDを黙って見て、コンビニの弁当を黙って食べて、交替で風呂に入って、黙ったまま寝た。&lt;br /&gt;僕はわざと必要最小限の短い言葉だけを使った。風呂、とか、電気消す、とか。それ以外は指先や顎を使って言葉の代わりにした。秋夫と同居してから、まるで六年間の孤独を取り戻すみたいに喋り通しだった僕の、これはささやかな意思表示だった。&lt;br /&gt;いくらなんでも秋夫にはデリカリーがなさすぎる。そのことを反省してほしかった。悔い改めるまでは口をきかない。絶対に。&lt;br /&gt;―――そう思っていたけれど、僕は早々と義憤を解除した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜって、&lt;br /&gt;次の日、僕はバスに乗って彼女に会いに公園に行ったから。&lt;br /&gt;そして彼女と『友達』になったから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;◇　　　　　◇　　　　　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/12-33bb.html&quot;&gt;つぎをよむ&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2008-12-19T13:32:06+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/12-33bb.html">
<title>#12 万事休す</title>
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<description>自分の行動力に、自分でも驚いた。 まるで家猫みたいに安全圏で暮らしていた僕が、電...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分の行動力に、自分でも驚いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まるで家猫みたいに安全圏で暮らしていた僕が、電車とバスを乗り継いで地図をたよりに公園を目指すなんて。というか目指せたことが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんは前日と同じベンチに座っていた。恐る恐る声を掛けた僕を昔からの友人みたいにすぐに受け入れてくれた。嬉しかった。僕は嘘をついた。ベッドの中で、明日また瀬尾さんに会いに行こうと決めたときからああでもない、こうでもないと考えた嘘だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;“秋夫の仕事が当分このエリアで、だから毎日でもここに来れるのだ”と、尤もらしい大義名分を振りかざし、続けざまに言った。&lt;br /&gt;「秋夫を待っている間、瀬尾さんさえ迷惑じゃなかったら明日からもこの時間に話し相手になってくれないだろうか」&lt;br /&gt;我ながら姑息だなと思う。&lt;br /&gt;思うけれど、拒否されても「友達」になれる方法はこれしかなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その日から僕は毎日、ほぼ同じ時刻に公園へ行った。タイミングとしては秋夫が仕事に出掛けた十分後だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女は出会った日と同じに古い木製のベンチに座っている。&lt;br /&gt;三日目からは僕の足音を聞き分けて、声を掛けるよりも先に笑顔を見せてくれるようになった。&lt;br /&gt;僕のためのその笑顔は、大袈裟じゃなく僕を勇気づけてくれた。彼女の日常に僕との時間が出来たことで、おまえはここにいてもいいのだと、何もない僕がこうして生きていることを神様に許されている気分になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;残念なのは、あくまでも僕は『秋夫の仕事の付き添い』で、どんなに話が盛り上がっていても『一時間程度』がリミットだということだ。「そろそろ時間？」という彼女の気遣いの前に、やせ我慢で立ち上がらなければならないことだ。「実は…」、と打ち明けてしまえば彼女との時間は増えるのかもしれない。けれど、得体の知れない男が毎日バスに乗って自分に会いにやってくるなんて、どう考えても不気味だしキモチワルイ。事実を知ったら最悪、瀬尾さんは公園に来てくれなくなるかもしれない。それならばこのまま僕は『ついで』の『暇つぶし』の、話し相手でいい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵くん、また映画のはなしをして」&lt;br /&gt;「うん。分かった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕の趣味であるパソコンと映画鑑賞が瀬尾さんにとっての鬼門だと気付いたのは、夢見心地で風呂に入っているときだった。温まりすぎるくらいに温まった湯船の中で、瀬尾さんの笑顔に胸の奥が苦しくなり、こんな気持ちになるのは何年ぶりだろうな、とのぼせた頭でぼうっと考えながら重大なミスに気がついた。意気揚々とした自己紹介、さしずめ僕の趣味はどちらも目が見えない瀬尾さんには縁のない――、したくても出来ないことだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕は彼女を傷つけてしまったかもしれない。いや、しれない、じゃなくて、絶対に傷つけた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;不安と焦燥、自己嫌悪。僕は自身の想像力の欠如を呪い浴槽に顔を沈めた。なんて残酷なことを言ってしまったんだろう、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから彼女との会話にこのふたつの話題は決して出さないと決めていた。瀬尾さんが僕を受け入れてくれるなら、パソコンも映画も僕の世界から消えてもいいとすら思ったんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『映画』と口にしたのは瀬尾さんの方だった。&lt;br /&gt;一瞬どころか数秒黙った僕に、瀬尾さんは不思議そうな頬を向けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「昨日、趣味だって言ってなかった？」&lt;br /&gt;「えっと、そうなんだけど」&lt;br /&gt;僕は戸惑いながらも肯定した。&lt;br /&gt;「私も映画が大好きよ。ねえ、教えてほしいことがたくさんあるの。いい？」&lt;br /&gt;「もちろん、いいよ」&lt;br /&gt;屈託のない興味を示す瀬尾さんに引っ張られるように、僕は質問に次々と答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんは僕が最近観た映画のストーリーや感想を聞きたがった。前評判はどうだったのか、どうしてそれを観たいと思ったのか、俳優陣は？　音楽は？　☆5で表したら☆いくつ？　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕は精一杯、噛み砕いたり割愛したりしながらストーリーや感想を丁寧に語った。時々、秋夫とのそれと内容がかぶったりして、秋夫の言葉が混じったりして、あれ？　とこんがらがったりしつつも、瀬尾さんの笑顔のために臨場感を意識して話した。出会いから一週間が経った今日も、瀬尾さんは僕の横で映画の世界に没頭している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「この前、テレビで『レオン』って映画やってたの、観た？」&lt;br /&gt;ジャン・レノが出演していた『ピンクパンサー』の内容を話し終えた後、瀬尾さんが聞いてきた。僕は、ううん、と首を振った。正直に言おう、僕は人が死んだり切なかったりする映画はあまり得意じゃない。ヒネリがないとか、“お約束だな”とか言われても、コメディ調のハッピーエンドが好きなのだ。胸が潰れるかと思うくらい切なくて泣いたり、感情移入しすぎていつまでもいつまでも“死んでしまった”登場人物を忘れられなかったりするのは、日常生活に支障が出る。だから苦手だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「瀬尾さん、は…？」&lt;br /&gt;観たの？　と聞くのは違うだろうと、僕はまた濁して聞いた。瀬尾さんは気にしてないみたいだ。頷いてから身を乗り出した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「字幕を追うのと吹き替えで聞くのとは空気が違うのね。だけど台詞と空白の間で、あ、今ここで『見てるんだな』とか、気持ちが通じ合った瞬間だなとか、案外覚えてるものなの。自分では観たことも忘れてたのに、劇中に流れる音楽が意識を覚醒させてくれるのね。こうやってひとつずつ思い出していくのかもしれない」&lt;br /&gt;「……思い出すって？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;足元に言葉を落とすみたいに呟いた瀬尾さんに、失礼かなと頭の隅で詫びつつも聞かずにはいられなかった。僕はもう、瀬尾さんのことならどんな些細なことでも知りたくてたまらなくなっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「うん。私ね、火事に遭ったとき目と一緒に記憶も失くしたみたいなの。病院の先生は、両親が死んでいくのを見たせいで、それを思い出すなと心がロックを掛けたんだろうって」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんが大学生になる直前、真夜中の火事で家は全焼し両親共に焼死、瀬尾さんだけが助かったのだそうだ。&lt;br /&gt;「火事のことだけじゃなくて、一年前の記憶もなくなっちゃった」&lt;br /&gt;「一年前っていうと高三の記憶？」&lt;br /&gt;「そう」&lt;br /&gt;「つらいね」&lt;br /&gt;瀬尾さんは、ううん、と首を振った。&lt;br /&gt;「なにも覚えてないからそういう感覚もないの」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;どう励ませばいいのか必死に考えている間に、瀬尾さんは映画の話に戻っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ジャン・レノが演じるレオンは殺し屋でね、隣に住む家族が惨殺されて、十二才の少女マチルダだけが残されるの。そのシーンの前にふたりの交流があるんだけど、マチルダも決して幸せな少女じゃないのよね。ふたりは互いに孤独なの。復讐のために自分も殺し屋にしてほしいと頼むマチルダにレオンは殺しのハウツーを仕込んでいくの。奇妙な同居を通して愛が芽生える。純愛よ。レオンはマチルダを守って死―――、あ、洵くん、まだ観たことないんだよね？　じゃあラストは言わないね」&lt;br /&gt;瀬尾さんは小さく舌を出した。&lt;br /&gt;「ありがとう。じゃあ、早速観ないとね」&lt;br /&gt;今日、帰りにレンタルしてこようと思った。そうすれば明日は『レオン』についてたっぷり語り合える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「エンディングで、スティングの切ないバラードが流れたとき、誰とこの映画を観ていたかを思い出せたの」&lt;br /&gt;「誰と観たの？」&lt;br /&gt;「うん。そのときの、彼」&lt;br /&gt;てへへ、と瀬尾さんが笑った。僕は瀬尾さんの当時の恋人に嫉妬した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どんな人？」&lt;br /&gt;ぎこちなく聞いた。&lt;br /&gt;瀬尾さんはさびしそうに肩をすくめた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「横にね、彼がいて並んで画面を見てた。そのときの空気が幸せだったって、それだけは覚えてる。私も彼もじっと映画を観てた。手を、繋いでいたの。私は彼を、“コウちゃん”って呼んでた」&lt;br /&gt;「思い出せたのはそれだけ？」&lt;br /&gt;切ない気持ちで聞いた。&lt;br /&gt;「そう」&lt;br /&gt;「そっか」&lt;br /&gt;「でも映画が好きで優しい人」&lt;br /&gt;「へえ」&lt;br /&gt;「私、そういう人が好きなのねきっと」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;なら僕でもいいんじゃないかと、思ったことは口には出さなかった。けれど人の好みなんてそうは変わらない。だったら僕にもチャンスはある。…かもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「――――なにやってんの、おまえ」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;瀬尾さんの横で頭をかいたり頬を撫でたり、にやついたりへらへらしたり苦しくなったり幸せになったりしていた僕は、聞き馴染んだ低くて太い声に驚いて飛び上がった。近づいてきた足音に気付かないほど、僕は瀬尾さんに集中していたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あ、秋夫…！」&lt;br /&gt;「『あ、秋夫…！』じゃねーよ、ばーか」&lt;br /&gt;秋夫は大股で歩いてきた。事情を知らない瀬尾さんが、「今日は早かったのね」と言っている。僕はあたふたする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「なんで、こっちに？」&lt;br /&gt;「はあ？　今日は返却日だ。先週配達した客の」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;迂闊だった。&lt;br /&gt;瀬尾さんに会いたい一心で、それ以外のことなんて全然頭になかった。僕はしどろもどろで、「なんだよ秋夫、いつもの場所で、待っててくれれば、いいのに…」と瀬尾さんに向かって言った。秋夫が眉間に皺を寄せた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/13-c5ee.html&quot;&gt;…次を読む&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-01-08T10:25:49+09:00</dc:date>
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<title>#13　嘘の嘘は、嘘</title>
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<description>万事休す。 僕はぎゅっと目を閉じた。秋夫からすべてが（僕が秋夫をダシに使ったこと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;万事休す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕はぎゅっと目を閉じた。秋夫からすべてが（僕が秋夫をダシに使ったことも、嘘をついて毎日瀬尾さんに会いに来たことも、バイクで来たわけじゃないことも全部）露呈するのは時間の問題だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ふーん」&lt;br /&gt;案の定、秋夫はもったいぶって大きな身体をぐらぐらと左右に揺らした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「おまえ、こんなとこに来てたんだ」&lt;br /&gt;面白がるようでもあり責めるようでもある独特の強い視線が僕の全身に絡みつく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「へえー、ここに、ねえ」&lt;br /&gt;僕と瀬尾さんをわざと交互に眺めては、唇を突き出したり真横に引いたり、かと思えばぱかっと開いたりする。与奪の権限に愉悦する秋夫はまるで水を得た魚だ。僕は震え上がった。……こんなの蛇の生殺しだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だから、これは、その…」&lt;br /&gt;しがみついて許しを乞えば、秋夫は見逃してくれるんだろうか。僕はパニックのまま擦り寄ろうとした。&lt;br /&gt;「秋夫、言わなくて、ご」&lt;br /&gt;けれど秋夫は僕と僕の言葉を左のてのひらで制し、いつもの太くて低い声を僕に、というよりは瀬尾さんに向けて放った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「今日は早く終わったんだ。ったく公園に来るなら来るって言ってけよ、探しちまったじゃねぇか」&lt;br /&gt;「…！」&lt;br /&gt;秋夫の援護など想像もしていなかった僕は驚いてそのまま固まった。秋夫は、可笑しくてたまらないという表情をしながらも器用に声色を作る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「悪いな、毎日毎日洵につきあってもらって。つーか、もう少し続くけどな」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;（ほら、なにか言え）&lt;br /&gt;秋夫に口パクで急かされて僕はハッとする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「…あ、うん。そうだ、ね」&lt;br /&gt;秋夫の目引き袖引きに慌てて合わせた。見えない瀬尾さんはもちろん気付かない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「私の方こそ、お喋りできて楽しいよ。ありがとう」&lt;br /&gt;瀬尾さんがにこりとする。秋夫とは対照的な笑顔だ。質のまったく異なるふたりの笑顔に挟まれて僕の心臓は破裂の勢いだ。首筋の汗を拭うタイミングで瀬尾さんが言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵くん、また明日ね」&lt;br /&gt;「え」&lt;br /&gt;秋夫が迎えに来たと気を回した瀬尾さんは僕の方に向けて手を振った。僕がここにいる理由は『秋夫』なわけだから、確かに秋夫が到着した以上僕には帰る選択肢しかない。当然のことだ。&lt;br /&gt;腕の時計を見た。いつもより四十分も早い。もたもたしていると秋夫が横から入ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「まだ時間あるし、いいぜ、もう少し」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕はまた秋夫を見た。秋夫は知らん振りで、ベンチから少し離れた石の椅子まで歩いていき窮屈そうに腰を落とした。両足をがばっと開き太腿に片肘を立て、顎を乗せてこっちを見ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕は口ごもった。嘘に合わせてくれたのは有難いけれど、秋夫までここに一緒に居ることはないのに…、と思う。黙っている僕に秋夫は顎をしゃくった。さっさと話せよ、とでも言いたげだ。あきらめて口を開いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「瀬尾さん、今日は秋夫もいるよ」&lt;br /&gt;「うん」&lt;br /&gt;気配を探すように瀬尾さんの耳が左右に動いた。秋夫の居る位置を角度で教えると瀬尾さんは大きく頷いた。&lt;br /&gt;「知ってる。そこに石の椅子がふたつあるのよね、もう少し離れたサクラの木の横にもふたつあるでしょう？」&lt;br /&gt;僕は瀬尾さんに答えるために石の椅子を探した。&lt;br /&gt;「あったよ。葉っぱまみれだけど」&lt;br /&gt;瀬尾さんはくすり、と笑った。&lt;br /&gt;「子供の頃から知ってる公園だから配置は全部頭の中にあるわ」&lt;br /&gt;「そうなんだ」&lt;br /&gt;記憶障害のはなしを聞いた後では、瀬尾さんの明るさがかえって不憫を誘う。抗えずしんみりした僕の心情を知ってか知らずか、瀬尾さんは爽やかな風のような笑顔を向けてくれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子、おまえどこに住んでんの？」&lt;br /&gt;突然、秋夫が話しかけてきた。しかもいきなり呼び捨てだ。馴れ馴れしいにも程がある！　眉を寄せる僕をあたりまえに無視し、秋夫は続けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「見えねぇのにひとりで歩いてきて危なくねぇのか？　つーかよ、こんなとこにひとりで来てて誰かに浚われたら終わりだぞ。盲目だって知って近寄ってくる男に下心がねぇわけないからな」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;心臓が跳ねた。&lt;br /&gt;秋夫は僕のことを言っているのだ。ぼっと顔が熱くなる。恐々と瀬尾さんを見た。穏やかに笑っている。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「大丈夫よ。私の携帯にGPS？　そういうのがついててね、公園と住んでいるアパート以外の道に入り込むと追跡してくれるようになってるの。それからこれ」&lt;br /&gt;白杖の先端を指した。キャップを外して小さな発信機を宙に向ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「同じアパートの階に従兄妹が住んでるの。これね盗聴器を改造したものなんだって。この距離なら電波が飛ぶらしいの。だから私になにかあったらすぐに駆けつけてくれる」&lt;br /&gt;「え」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それを聞いた途端、僕はみっともないくらいうろたえた。秋夫に向けていた敵意など瀬尾さんの衝撃的な発言の前にはすぐに吸収された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「…ってことは、僕たちの会話も全部聞かれてた…の？」&lt;br /&gt;『盗聴器』という言葉に縮みあがったのは、僕にしっかりと下心があるせいだった。瀬尾さんは首を傾げて僕の方に顔を向けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「聞かれて困ることは話してないもの」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;そ、それはそうだけど……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕は無意識に両手で髪を掻き毟った。この一週間、映画のはなしだけをしてきたわけじゃない。会話の端々に瀬尾さんへの好意は滲み出ていたはずだ。第三者にそれが伝わらないわけがない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「おにいちゃんも洵くんなら安心だって言ってるし。あ、“おにいちゃん”って従兄妹の籐馬（とうま）くんのことよ。あとでちゃんと紹介するね」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;頭の中が真っ白になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あっはっは」&lt;br /&gt;僕を尻目に秋夫が大声で笑い出した。「ウケるぜ！」と腹を抱えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵、おまえが“健全”な男で良かったなあ。でなきゃとっくに“出入り禁止”だな。あー、おかしいったらねぇぜ！」&lt;br /&gt;「……っ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;揶揄されていることぐらいは分かる。けど返す言葉がなかった。僕だけの、いや、僕たちの宝物みたいな一週間が誰かに見張られていたことも、僕が彼女の従兄妹に男として認められてなかったことも、瀬尾さんが僕に友達以上の感情を持ってなかったことも、全部全部、現実だ。僕だけがこの時間に特別な希望を繋いでいただけで……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「？　洵くん？」&lt;br /&gt;黙った僕を瀬尾さんの鈴声が呼んだ。振り払うように左右に強く首を振った。今すぐこの場に深く穴を掘って潜り込みたかった。そして一生、出てきたくない……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あ。やべぇ、サツだ」&lt;br /&gt;僕の葛藤をにやにやして眺めていた秋夫が素早く立ち上がった。公園をぐるりと囲む遊歩道のさらに外側、一方通行の始まりから交通整理のパトカーが入ってくるのが見えた。秋夫が顎をしゃくった。&lt;br /&gt;「洵、バイクのところに立ってろよ。駐禁切られたらシャレになんねぇ」&lt;br /&gt;「う、うん」&lt;br /&gt;反射的に走り出してから、そういえばなんで僕が行くんだ？　と思ったけど、反論するには今更だった。後ろでは瀬尾さんが秋夫に話しかけている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「パトカー？　サイレン鳴ってないよ」&lt;br /&gt;「ばーか、事件も起きてねぇのに鳴らすかっての」&lt;br /&gt;「そうなの？」&lt;br /&gt;「当たり前だろ」&lt;br /&gt;乱暴な口調は僕にも瀬尾さんにも変わらない。秋夫はどこまでいっても秋夫なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;数日前、帰宅した母さんと弟に秋夫を紹介したときだってそうだった。秋夫は媚びもせず、世話になってます、とだけ言った。母さんの手料理が並んだ食卓では出されたものを遠慮せずに平らげ、聞かれて初めて「うまいっす」と答えたし、弟にも自分からは一切話しかけなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バイクの前でパトカーをやり過ごしていると秋夫が瀬尾さんの手を引いてきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「な、なに？　どうしたの？」&lt;br /&gt;白杖で段差と障害物を確認しながら瀬尾さんが僕の前にやってきた。秋夫が手を離したタイミングで足を止める。&lt;br /&gt;「園子がバイクに乗ってみたいんだってよ」&lt;br /&gt;秋夫は事も無げに言った。&lt;br /&gt;「え…、で、でも、GPSと従兄妹は…」&lt;br /&gt;「さっき一応、一方的にだけど断っておいた。つーか、公園の周りをニ、三周するだけだし」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;「それとも洵、おまえが園子を乗せて走るか？」&lt;br /&gt;「っ！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんについた僕の嘘（バイクに乗ってここに来てるってこと）を知ったのだろう。秋夫はいよいよ薄気味悪い笑みを顔全体に乗せている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「い、いいよ、秋夫が乗せて、あげなよ、今日は…」&lt;br /&gt;悔しいし情けないけれど、僕は精一杯無理をして余裕ぶって言った。成功したとは思わないけれど、ここで瀬尾さんに嘘が暴かれてしまうよりはマシだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子、まず俺につかまれ」&lt;br /&gt;秋夫は瀬尾さんの両手を自分の肩に乗せて腰をもちあげた。瀬尾さんはすっかり身を委ねている。&lt;br /&gt;「俺が車体を傾けても足はステップから外すなよ、土踏まずで踏ん張ってろ」&lt;br /&gt;「わかった」&lt;br /&gt;短いやり取りだけでバイクはあっという間に走り出した。スピードは出ていない。僕の視界で近くなったり遠くなったりを繰り返す。瀬尾さんは楽しそうな笑い声を立てて秋夫の腰にしがみついていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/14-72a2.html&quot;&gt;次を読む&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-01-16T18:36:29+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/14-72a2.html">
<title>#14　冬まで待って</title>
<link>http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/14-72a2.html</link>
<description>僕にはどうしても理解できない。 なぜ二輪が倒れずに進むんだろう。そもそもハンドル...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕にはどうしても理解できない。&lt;br /&gt;なぜ二輪が倒れずに進むんだろう。そもそもハンドルを切ってないのになんで曲がれるんだ？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あるとき、僕の不安に秋夫は簡潔な答えをくれた。後輪を傾けてんだよ。ステアリングヘッドがそれに反応すんだって。簡単だろ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕の頭はますます混乱する。両輪で走ってるのにへんだろ、それ。秋夫は他所のことをしながら適当な口調のまま、いやいや後輪駆動だから、と言った。あのとき秋夫は確か、切れたチェーンの修理をしていた。筋張った長い指で財布から外れたそれをペンチを使って繋げることに忙しい。僕は質問をあきらめた。とにかく、と結論付ける。――あんな金属の塊が猛スピードで走るだけでも信じられないんだ。それを運転しようだなんて、やっぱり僕には理解できないね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なのに僕は今、秋夫が操るマシンの後ろで楽しそうな声をあげる瀬尾さんを見ながら、どうして僕はバイクの免許を持ってないんだろうとか、僕が秋夫だったら良かったのにとか、子供みたいなことを思っている。公園の周りを走るふたりを指を咥えて見ていることしかできない自分が情けなくて悔しかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;四周目で秋夫はバイクを止めた。エンジンを切る音が僕の波立つ感情を沈めてくれる一方で、秋夫の手を借りて地面に足を着けた瀬尾さんの名残惜しそうな表情に胸がじりっとする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「秋夫くんありがとう。とっても楽しかった」&lt;br /&gt;瀬尾さんは、映画のストーリーを語った僕に見せるときと同じに、弾んだ頬と声を秋夫に向けた。秋夫は瀬尾さんの極上な笑顔の価値も知らずに、そりゃよかったな、と素っ気無く答えている。それだけでも許せない気持ちになる僕は、なら秋夫がへらへらしたら満足するのかと聞かれたら断固、NOと答えるんだろう。本当に僕は面倒臭い人間だ。恋が楽しいだけなら良かったのに、と思う。矛盾だらけの感情まで連れてくることはないのに、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵くん？　そこにいる？」&lt;br /&gt;「…え、あっ。いるよ、ここ…、あ、はい、杖」&lt;br /&gt;僕は慌てて瀬尾さんに駆け寄った。預かっていた白杖を右手に握らせると、僕の方を見てにっこりと笑った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「バイクって気持ちいいよね！」&lt;br /&gt;バイクを降りてもなお、瀬尾さんの興奮は続いている。&lt;br /&gt;「そ、そうだね。風を切って走るのって最高だよね」&lt;br /&gt;僕はつい合わせた。キーを弄びながら秋夫が僕たちに向き直った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子、今度は洵に乗せてもらえよ」&lt;br /&gt;「…っ！」&lt;br /&gt;秋夫はまたにやにやと僕を眺めた。僕の焦ったり困ったりする様子が好きなのだ。目の前で瀬尾さんが無邪気に手を叩いた。&lt;br /&gt;「わあ。楽しみ」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;秋夫は口をぱかっと大きく開けて、あーあーあー、と愉しそうに笑う。&lt;br /&gt;意地悪な秋夫と、さっきまでの“おいてけぼり”の惨めさも手伝ってか、僕の身体の内側から虚栄心がむくむくと競り上がり秋夫がわざとらしくぷぷっと吹き出した瞬間、噴火した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「瀬尾さん、車！　車ならもっと危険じゃないしもっと遠くまで行けるし瀬尾さんが大好きな音楽を好きなだけ聴きながら進めるし、お喋りもたくさんできるよ。これから冬だもん、ぜったいバイクより車だよ、僕はそう！　車の免許を持ってるんだ！」&lt;br /&gt;叫ぶように言ってから、秋夫の意味深な口笛で我に返った。&lt;br /&gt;血の気が引いた。性懲りもなく、僕はまた嘘をついてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それからの会話を僕はあまりよく思い出せない。&lt;br /&gt;瀬尾さんが、車もいいよね、と同調してくれた後は調子に乗って知識として知っているだけのことをさも自慢気に披露し、無言でにやにやしている秋夫を牽制するためだけに、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「バイクなんて雪が降ったら乗れないよ。車なら寒くても暑くても快適に移動できるんだから」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と捲くし立て、瀬尾さんが、雪の中を歩いてみたいなあ、と虚空に向かって呟いたあとでは、僕の唇は勝手に『冬のドライブ』の約束をしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;頭の中で素早く計算する。たしか自動車教習所には『合宿』というやつがあったはずだ。最短で二週間程度で免許が取れるんじゃなかったかな……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵、そんな約束していいのかよ？　園子がその気になっちまうぞ」&lt;br /&gt;どこまで本気で心配しているのか怪しい秋夫が、またにやにやしながら言う。僕はぐんと顔をあげた。&lt;br /&gt;「本気にしていいに決まってるよっ！」&lt;br /&gt;……そう。絶対僕は車の免許を取って瀬尾さんを助手席に乗せるんだ。秋夫が出来ないことを僕が、絶対に！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だとよ、園子。まあ気長に待ってろよ」&lt;br /&gt;僕の決意を認めたのか、秋夫は瀬尾さんに向かって言った。瀬尾さんがにこり、と空に笑いかけた。僕は慌てて瀬尾さんの真正面に立ち直した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その日から、僕は今までどおり午前中は瀬尾さんと会い、午後は教習所へ行った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br class=&quot;clr&quot; /&gt;&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-9ba7.html&quot;&gt;つづき&lt;br /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-01-26T12:02:06+09:00</dc:date>
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<title>#15 彼女のお姉さん</title>
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<description>第二章　　　　　　　 秋が深まってきていた。木枯らしが吹き、辺りは茶色に染まり、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color: #21345a;&quot;&gt;第二章　&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;秋が深まってきていた。木枯らしが吹き、辺りは茶色に染まり、人々は少し猫背気味に歩いている。僕も昨日からシャツを一枚多く着ている。それでも公園に来ることを止められない。たぶん寒波がやってきても、大洪水が起こっても、僕はここに来るんだろう。電車とバスを乗り継いで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;バスは途中、すすきが群生するはらっぱの脇を通る。秋の日を浴びて風にさわさわと揺れる銀色の穂が、バスの進行と共にやがて視界一面に広がっていく。春のほんのいっとき、満開の桜をみあげるときに感じる静かで神々しく、寂しい気持ちにそれはとても似ている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;僕は車窓から、泣きたくなるようなせつなさを持て余しすすき野原をみつめる。瀬尾さんに、この風景を見せてあげたいと心の底から思い、思いながら、それははたして本当に僕の本心なのかと自問自答して、答えが出せないままに――――。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;三日前。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あんたたちね、園子につきまとっている蠅は」&lt;br /&gt;公園の外周。バイクのエンジンを切った直後、尖った声が僕たちの背中に突き刺さった。ヘルメットを外して振り返った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ふたり一緒なら、ちょうどいい」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;秋夫が公園に来るのは五日ぶりだった。この界隈に配達と回収の予定があるときだけ僕たちは一緒に来る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「誰だ、おまえ」&lt;br /&gt;秋夫はバイクのエンジン部分の熱さを確かめながらなおざりに言った。いつもながらハプニングにおろおろする僕とは対照的な平静さだ。&lt;br /&gt;「わたしは園子の姉、美佳（みか）」&lt;br /&gt;聞くまでもなく、顔を見た瞬間から察しはついた。想像していた雰囲気とは違うけれど、色っぽい唇なんかは間違いなく瀬尾さんと同じ遺伝子だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「警告しにきたの。これ以上園子に近づかないように」&lt;br /&gt;タイトなジーンズとショートカット、化粧はほとんどしていない。だけど顔立ちは女性っぽい。ただ少し、やつれてもいる。強い印象の外見と口調の荒さに気がいってしまうけれど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「友だちが出来たって言ってたのが、まさか男だとは思いもしなかったわ」&lt;br /&gt;吐き捨てるように言って僕たちを睨みつける目元は、瀬尾さんにはない鋭さを湛えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「恭二くんも恭二くんよ、私に報告もしないで」&lt;br /&gt;恭二（きょうじ）くんというのは瀬尾さんの従兄妹のことだ。まだ会ったことはないけれど、瀬尾さんの杖に高感度マイクが埋め込まれていることを知ってから、（初めはもちろん抵抗があったけれど）瀬尾さんと過ごしていてもなんとなく三人で会話をしている気がして、僕の中でまだ見ぬ『恭二くん』に勝手に親しみを感じていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あんたが島田洵？　映画が好きな無職の二十四才」&lt;br /&gt;お姉さんの視線から隠れるようにして、いつものベンチに座っている瀬尾さんを見た瞬間、遮るような強引さで引き戻された。慌てて頭を下げた。&lt;br /&gt;「は、はじめまして」&lt;br /&gt;どもってしまった。向かってくる軽蔑があからさまで、怯まずにいることは難しい。お姉さんは次に秋夫を見据えた。&lt;br /&gt;「で、あんたが鈴木秋夫。島田洵の友人」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;秋夫が僕に視線を向けた。お姉さんの口調から、瀬尾さんにとっての危険人物が僕であるということが分かった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もう園子に会うのはやめてもらえるよね」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;反論を封じる居丈高な口調が続く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「言ってること分かるよね。目の見えない子に近づいてくるなんてどういうつもり？　非常識だって分かるでしょう。これからどんどん寒くなっていくのよ。あの子を外に出すわけにはいかないの」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんと仲良くなるのが非常識かどうかはともかくとして、僕だってこれからの季節を憂慮しないわけじゃない。でも、近くにはお茶を飲める場所も公共施設もない。だから早く車の免許を取ろうと頑張っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「今までのことは大目に見てあげるわ。だから今日を最後に園子と会うのはやめること。いい？　分かってるだろうけど、園子にはあんたの方から告げて。もう明日からここへは来ないって」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;お姉さんの要求は無茶苦茶だった。僕がどうして瀬尾さんに“さよなら”を言わなければならないんだろう。第一そんなこと、僕が一番望んでないことなのに。黙っているとお姉さんは威厳を込めて言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「保護者の私に決定権があるのよ」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕が拒否しても無駄だと言うことだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「保護者って、園子はガキじゃねぇっつーの」&lt;br /&gt;唇を噛む僕の横から秋夫が唐突に口を開いた。僕に向けていたお姉さんの視線が鋭いまま秋夫に向かった。秋夫はいつものふてぶてしい態度のまま、くだらねぇ、と吐き捨てた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「寒くなって外に出たくなきゃ誰に頼まれたって出ねぇよ、心配すんな。ここに来る、来ない、そんなことは園子が自分で決めることだ」&lt;br /&gt;それを受け、僕も控えめに頷いてみた。そうだ、瀬尾さんは子供じゃない。けれどお姉さんは、まるで分かってないとでも言いた気に首を左右に振った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「約束させてるのと同じことでしょう。島田洵、あんたは毎日同じ時間にここに来ると園子に言ってるよね。自分が園子にどのくらい圧力をかけてるのか、まさか気づいてないの？」&lt;br /&gt;お姉さんの視線はすぐに僕に戻ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの子、昨日の夜熱を出したの。今日は大人しく部屋にいなさいって言ったのに、分かったって言ったのに、結局公園に来てる。もしかしてと思って仕事場から抜けてきたら、あれよ」&lt;br /&gt;お姉さんは瀬尾さんのいるベンチを振り返った。少し強い風が吹いて、瀬尾さんが身震いしたのが見えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「つーかよ」&lt;br /&gt;秋夫は緊張のない声で言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それが園子の望むことなんだろ。園子が洵に会いたい。だから来る。単純なことだ」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;秋夫に言葉にされるまで考えたこともなかった。瀬尾さんは僕の嘘を信じて、毎日僕の暇つぶしに付き合ってくれている。だけどそうだ。瀬尾さんが嫌だったら公園には来ないんじゃないだろうか。こうして来てくれるということは、瀬尾さんも僕に会いたいということなんじゃ――。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だからなに？」&lt;br /&gt;僕の頬が勝手に紅潮するのを見て、お姉さんは嫌悪感を顕にして苛立ちをぶつけてきた。僕は瞬時に青褪める。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あんた、自分が園子につりあうとでも思ってるの？　自分を鏡で見たことある？　パッとしない風貌、うじうじした空気、背だって高くないし筋肉もついてない、とても園子を守れるとは思えない。しかも無職って。二十四才にもなってなにやってんの？　映画観るだけで毎日が過ぎてるって？　ばかじゃないの」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ばかじゃないの。&lt;br /&gt;ばかじゃないの。&lt;br /&gt;言葉の衝撃は一秒毎に僕の心の奥深くに潜り込んでいった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;秋夫と出会って、瀬尾さんを好きになって、僕の毎日は劇的に変化した。誰とも言葉を交わさない日が続くことなんて当たり前だった月日すら、遠い記憶のむこうに押しやっていた。だけど僕は大学受験に失敗した十八才の頃から何も変わってなかった。成長も、進歩も、なにもなく、瀬尾さんと向き合っている。そのことを、僕に同情をする必要のない他人から突きつけられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子ね、もうすぐ手術するのよ。そしたら元のように目が見えるようになる。私はあんたのために言ってるんだよ、島田洵。目が見える園子の前に、あんたは立てる？　胸を張って立てる？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;一瞬、何を言われているのか分からなかった。だけど理解したらものすごいスピードで現実が歪んでいった。――――もうすぐ、“この僕”が瀬尾さんの目に映る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;何も、言えなくなった。&lt;br /&gt;彼女の目が見えるようになったら僕は……&lt;br /&gt;僕はどうするだろう。&lt;br /&gt;僕たちはどうなるんだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どうにもなんねぇよ。ばかじゃねぇの」&lt;br /&gt;秋夫は首をぐりぐりと回しながら面倒くさそうに言った。僕はきっと縋るように秋夫を見ているんだろう。秋夫は僕に意地悪をいうときと同じトーンで、同じ冷えた目の色で言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子は洵の外見がどうだろうと環境がどうだろうと、そんなことで洵になにかを思うことはねぇよ。あいつは洵の内面を知って洵とつきあってる」&lt;br /&gt;お姉さんが眉間を寄せた。&lt;br /&gt;「あんたの妹は、外見で他人を判断するような女じゃないってことだ。あんたと違ってな」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕の呼吸が苦しくなるほどに、秋夫とお姉さんは睨みあった。先に逸らしたのはお姉さんの方だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「まあ、いいわ。とにかく、手術をしたら園子の目は見えるようになる。そうなったら結果は同じよ」&lt;br /&gt;言い終えたあと、お姉さんは初めて笑顔を見せた。もっとも、優しく楽しいそれではなく皮肉だけが乗った笑みだ。言うだけ言って、お姉さんは去っていった。一度瀬尾さんを哀しそうにみつめて、あとは振り返らずに。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;「ほら、行こうぜ」&lt;br /&gt;呆然としたままの僕の肩を、秋夫のてのひらが突いた。&lt;br /&gt;「気にしても仕方がないだろ」&lt;br /&gt;「……うん」&lt;br /&gt;頷いて、顔を上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;公園のベンチ、いつもの場所に瀬尾さんがいる。寒そうに、ちょっと肩を縮めて。&lt;br /&gt;胸が苦しくなった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/16.html&quot;&gt;次を読む&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-03-03T13:47:03+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/16.html">
<title>#16 だけど僕は</title>
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<description>「洵くん、こんにちは」 僕の足音に瀬尾さんが笑顔をくれる。昨日より、一昨日より確...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「洵くん、こんにちは」&lt;br /&gt;僕の足音に瀬尾さんが笑顔をくれる。昨日より、一昨日より確実に低くなっていく気温が瀬尾さんの白い肌に赤みを作っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「こんにちは瀬尾さん。寒くなってきたね」&lt;br /&gt;僕の言葉に瀬尾さんは、そうね、と微笑んだ。髪や爪が伸びることがあたりまえのように、寒さも当然に受け入れている。そんな表情だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「寒かったら無理してこなくてもいいからね」&lt;br /&gt;瀬尾さんの横に腰を落としてから言った。姑息にも、今の言葉は『恭二くん』向けだ。本音は、違う。&lt;br /&gt;「うん」&lt;br /&gt;瀬尾さんが屈託なく頷いた。&lt;br /&gt;「そういえば、洵くん。うちのお姉ちゃんに偶然会ったって本当？」&lt;br /&gt;「え」&lt;br /&gt;「三日前なんでしょう？　私ね今日の朝聞いたのよ。会ったこと忘れてたって。ひどいでしょう」&lt;br /&gt;「はは、は……」&lt;br /&gt;「でも偶然でもなんでも良かったかも。会うまではちょっと心配してたみたい。私が洵くんのこと男の人だって言わなかったから」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうなんだ」&lt;br /&gt;すべて知っていて、初めて聞く話題のように振舞った。&lt;br /&gt;三日前、お姉さんを見送り瀬尾さんと合流した僕たちは、いつもとなんら変わりなく笑いあい語り合った。お姉さんに言われたことを、どんな風に伝えたらいいのか僕には分からなかったし、秋夫はもっと単純に、「どーでもいいじゃん」と思っているらしく話題にもしなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「僕のこと、なにか、言ってた？」&lt;br /&gt;瀬尾さんの表情を盗み見るように追った。聞かずにはいられなかった。困惑が浮かんだらすぐに話題を逸らそう、そう思いながら。でも瀬尾さんは花が咲くみたいに笑った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「洵くんのこと？　うん、優しそうな人って言ってたよ。顔もすごくかっこいいって。芸能人で言ったら、玉木…、玉木なんていったかなあ、えーと、なんとなく顔は覚えてるんだけど……。ブレイクしたのは私の目が見えなくなってからだから、いまいちうろ覚えなんだよね」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;玉木、ブレイク、そのふたつの単語で思い当たる芸能人を脳裏に浮かべた。どう贔屓目に見ても僕なんか足元にも及ばない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「でも洵くんのことイメージ出来てちょっと嬉しいかなって」&lt;br /&gt;瀬尾さんはえへへ、と笑って指先で頭を掻いた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「いやいや、待って……。お姉さん、きっとなにか勘違いを。僕が彼に似てるなんてありえないっていうか」&lt;br /&gt;そもそもあの敵意丸出しのお姉さんが僕に高評価を与えるはずがない。そこまで断定してようやく思い当たった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;……そうか、そういうことか。&lt;br /&gt;合点がいった。&lt;br /&gt;瀬尾さんのお姉さんは、僕のハードルをあげて瀬尾さんの目が見えたときに初めて、現実を突きつけようと考えたんだと。イメージと実物とのギャップに瀬尾さんががっかりすることを狙っているのだと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「モデルみたいな線の細い人だよね、確か。私の中の洵くんともちゃんと合ってるよ」&lt;br /&gt;「そんな。まさか。僕、本当に彼には似てないから」&lt;br /&gt;「いいの、いいの。お姉ちゃんの印象なんだから」&lt;br /&gt;僕は歯軋りする。これじゃ余計に、僕は瀬尾さんの目が見えることを喜べなくなる……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「あ。そうだ、洵くんに伝えておかなきゃいけないことがあるんだ。忘れないうちに言っておくね」&lt;br /&gt;否定できないまま話題は変わってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「来週から私、検査入院なんだって」&lt;br /&gt;「え、入院？」&lt;br /&gt;「そう。そこで異常がなかったら手術するらしいの」&lt;br /&gt;「手術って、目が見えるようになるっていうあの……？」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「実はね」&lt;br /&gt;瀬尾さんが声を落とした。それでも白杖の高感度マイクはきっと拾っているはずだ。&lt;br /&gt;「その手術にはすごい費用が掛かるのね。だから私、二年半前の病院のベッドで言ったの。見えないままでいいってちゃんと言ったの。だけどお姉ちゃん、お金は用意できたんだからって。……きっとすごく無理したんじゃないかなあって思う。この二年半、もしかしたらずっとお金を貯めてたのかもしれない……」&lt;br /&gt;「……」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;きっとその通りなんだろう。&lt;br /&gt;得体の知れない僕たちから妹を遠ざけようとしたことを思えば容易に想像がつく。お姉さんは瀬尾さんのことを、きっと何よりも第一に考えている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「だから私ね、お姉ちゃんのために手術を受けようと思うの。私がお姉ちゃんの負担になってるのなら、目を治して自立するしかないんだよね。このままでいいなんて、それは私の我侭なんだよね」&lt;br /&gt;自分に言い聞かせるように、瀬尾さんは言葉を足元の地面に落とした。僕はそれを見ながら、泣きたい気持ちを押し込んで言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「――――瀬尾さん、頑張って。きっとうまくいくよ」&lt;br /&gt;瀬尾さんがゆっくり顔を僕の方に向ける。&lt;br /&gt;「見えるようになって、お姉さんを喜ばせてあげよう」&lt;br /&gt;「お姉ちゃんを？」&lt;br /&gt;「そうだよ、瀬尾さんのためにお金を貯めてくれたんでしょう。それを無駄にしちゃいけない。今のままでいいなんて、思ってちゃだめだ」&lt;br /&gt;「……」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今のままでいいなんて、思ってちゃだめだ。&lt;br /&gt;それは僕自身へ向かってくる言葉だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;瀬尾さんの幸せを願えない男なんて、瀬尾さんを好きでいる資格もない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうだ！　見えるようになったら一番先に何が見たい？」&lt;br /&gt;勝手に流れてきた涙を指の先で乱暴に拭いながら、明るい声で叫ぶように言った。瀬尾さんの頬から少しずつ不安が消えていく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「そうだなあ、えっと映画を観る。洵くんに教えてもらった映画を全部観る！」&lt;br /&gt;「うん。それから？」&lt;br /&gt;「それからね、絵を描く」&lt;br /&gt;「いいね。それから？」&lt;br /&gt;「ベッドカバーを作る！」&lt;br /&gt;「ベッドカバー？」&lt;br /&gt;「そう。目が見えているとき作ってたみたいなの。ダンボールの中に中途半端なまま入ってるんだって。お姉ちゃんが教えてくれた。だからそれを作るわ」&lt;br /&gt;「うん」&lt;br /&gt;「あとは」&lt;br /&gt;「あとは？」&lt;br /&gt;「向日葵畑に行く」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;瀬尾さんが虚空に向かってハッとするような大人びた顔をした。僕は性懲りもなくその横顔に見惚れた。&lt;br /&gt;「真夏の太陽に背伸びするみたいな一面の向日葵。青い空にわたあめみたいな雲、鮮やかな黄色。――みつばちが飛んでいる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「……瀬尾さん？　大丈夫？」&lt;br /&gt;思わず、引き戻すように声を掛けた。ぼんやりする瀬尾さんが、隣にいるのに遠くへ行ってしまった気がした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「え？　なに？」&lt;br /&gt;にこり、とする瀬尾さんはすぐに話しを再開する。&lt;br /&gt;「それからね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「うん」&lt;br /&gt;戻ってきてくれた瀬尾さんに、僕は不安を隠して相槌を打った。瀬尾さんの目が治ったら、その隣には僕がいる。それだけを必死に自分自身に言い聞かせた。　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;･･･&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/17-a53d.html&quot;&gt;次を読む&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;　　&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-03-09T12:40:15+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/17-a53d.html">
<title>#17 彼女に見えた世界</title>
<link>http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/17-a53d.html</link>
<description>　　　 　　　　　◇ 「ふーん、園子がいよいよ手術、ね」 部屋で秋夫に今日のこと...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　　&lt;br /&gt;　　　　　◇&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ふーん、園子がいよいよ手術、ね」&lt;br /&gt;部屋で秋夫に今日のことを報告した。思ったとおり、あまり興味はなさそうだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「来週から入院するって」&lt;br /&gt;「へえ、そう」&lt;br /&gt;「手術のあと、病院に来てって言われた」&lt;br /&gt;瀬尾さんは僕たちとお姉さんの確執を知らない。だから無邪気に病院の場所も教えてくれたんだと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「でもまいったよ、お姉さんの作戦。いくらなんでも引き合いに出す相手が悪すぎるよ。僕とは雲泥の差じゃないか。瀬尾さんと“対面”するときを想像するだけでああもうっ、僕どうしたら……」&lt;br /&gt;「どうもこうも、おまえはそっくりだよ、その玉木なんとかに」&lt;br /&gt;あきらかに面白がっている秋夫を力なく睨みつけた。&lt;br /&gt;「嘘じゃねえって。自信もてよ」&lt;br /&gt;自信？　もてるわけがない。&lt;br /&gt;「それによ、ちゃんと“優しい”って評価も出してんじゃん。あの女、嘘はついてない」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;僕は吐息と共に秋夫から目を逸らした。&lt;br /&gt;秋夫は分かってないんだろう。優しいなんて評価は褒め言葉でもなんでもなくて、たよりないとか情けないとか、そういう言葉と横並びだってことなのに。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「で。おまえはどうするんだよ」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;ストレートに聞かれると、迷ってはいないけれど口篭ってしまう。&lt;br /&gt;「行くんだろ？　病院」&lt;br /&gt;「秋夫」&lt;br /&gt;「あ？」&lt;br /&gt;「一緒に来てくれないか、病院」&lt;br /&gt;「はあ？　なんで俺まで」&lt;br /&gt;弱虫な僕は、秋夫がそばにいてくれたらいつもの自分らしく瀬尾さんと向き合える気がしていた。等身大の僕がイメージ通りじゃなくても、秋夫との掛け合いがあれば楽しかった公園での日々をすぐさま思い起こしてくれるかもしれないと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「だめ？」&lt;br /&gt;秋夫にずいっとにじり寄った。あまりに切羽詰った顔をしているのか、秋夫は渋々、わかったって、と頷いた。&lt;br /&gt;「よかった。ありがとう」&lt;br /&gt;胸を撫で下ろす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;秋夫は立ち上がった。そろそろメシかな、と恐ろしい嗅覚で階段の下に興味を移している。僕も秋夫に続いた。なんだかんだいって、いつのまにか母さんも弟も秋夫を家族みたいに受け入れてしまった。まるで最初の頃の僕同様、いとも容易く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　◆　　　　　　　◆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;空調が壊れているんじゃないかと思うくらいに高い温度の病院内を、僕と秋夫は汗をかきながら進んだ。ジャンパーだけじゃなく共に着ていた服を一枚ずつ脱いで手に持っている。医師も看護士も秋真っ只中なのに半袖なんだから、季節もなにもあったもんじゃない。きっと理由があるんだと思うけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;受付で聞いた瀬尾さんの部屋の階に辿りついたとき、僕たちは運悪く瀬尾さんのお姉さん、美佳さんと鉢合わせした。美佳さんはエレベーター脇の待合室で誰かとお喋りをしていたが僕たちを見てすぐに向かってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「やっぱり来たのね」&lt;br /&gt;僕は会釈した。前に会ったときとは違い美佳さんの表情は明るい。それは手術が無事に成功したことを意味している。&lt;br /&gt;「あの、瀬尾さんは」&lt;br /&gt;「いるわよ、病室に。会ってきたら？」&lt;br /&gt;「……いいんですか？」&lt;br /&gt;「どうぞ」&lt;br /&gt;美佳さんの思惑が手に取るように分かった。&lt;br /&gt;怯んだ僕の背中を秋夫が押した。振り返ると、さっさと行け、と顎で言われた。もう覚悟は決めたのに、やっぱり僕はどうしようもなく弱虫だ。瀬尾さんが僕をどう思うか、それにばかりに意識が向かってしまう。うだうだしていると、背後から太く落ち着いた声が「瀬尾さん」と呼んだ。美佳さんの表情がパッと変わった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「先生、このたびは妹の手術、ありがとうございました」&lt;br /&gt;数人の助手を従えた白衣の医師が僕たちの前で立ち止まった。&lt;br /&gt;「どうですか、妹さんは。落ち着かれましたか」&lt;br /&gt;「ええ。さっきは急に見えることに動揺してしまったのでしょう。取り乱して、ひとりにしてほしいと言われたのでその通りに。少し時間を置いてさきほど様子を見にいきましたら、もう大丈夫なようです」&lt;br /&gt;「で、見えているようですか？」&lt;br /&gt;「まだ焦点は合わせにくいみたいですけど、私の顔がちゃんと見えるって喜んで」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;美佳さんと先生のはなしを聞きながら、僕と秋夫はそっと目配せをした。瀬尾さんがパニックを起こしたことが意外でもあった。&lt;br /&gt;「ではもう一度診察をしましょう」&lt;br /&gt;「よろしくお願いします」&lt;br /&gt;先生を先頭に美佳さんが後に続いた。僕たちもなんとなく後ろからついていく格好になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;声を掛け病室に入っていく。静かな個室には眩しいくらいの秋の太陽が降り注いでいる。瀬尾さんはベッドの上に上半身を起こして窓の外を見ていた。足音にゆっくり振り返る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「瀬尾さん、体調はどうですか」&lt;br /&gt;先生が優しく問いかける。瀬尾さんは正面を向いて頭を下げた。大丈夫です、と小さな声が言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もう一度、さっきの続きからしますよ」&lt;br /&gt;意思を持ってぎゅっと目を閉じた瀬尾さんを、看護士らが椅子に座らせた。&lt;br /&gt;「瀬尾さん、目を開けてください。怖がらないで、ゆっくりでいいですから」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;瀬尾さんの目にライトを当てながら先生が診察を繰り返す。最後に瀬尾さんの前に指を二本翳した。&lt;br /&gt;「瀬尾さん、これは何本ですか？」&lt;br /&gt;瀬尾さんは眉間を寄せて再びぎゅっと目を閉じた。&lt;br /&gt;「二本、です」&lt;br /&gt;不安そうに見守っていた美佳さんが思わず安堵の溜息を漏らした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「先生！　ありがとうございました。手術は成功ですね」&lt;br /&gt;瀬尾さんを抱きしめて美佳さんは何度も先生に頭を下げた。&lt;br /&gt;「……お姉ちゃん、ごめんなさい、見えるけどでもすごく疲れるの……。だから休んでも、いいかな？」&lt;br /&gt;「ええ、そうね。急に見えたら疲れるよね。ごめんね。いいのよ、ゆっくり休んで」&lt;br /&gt;瀬尾さんはベッドの中に沈んだ。上掛けをすっぽりと被って。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕は、声を掛けられずにいた。&lt;br /&gt;せっかく持ってきたお見舞いの花束も美味しいケーキもどうしたらいいのか分からなかった。&lt;br /&gt;瀬尾さんは確かに僕を見た。見たけれど関心を示してはくれなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お姉さん、ちょっとよろしいですか」&lt;br /&gt;先生が美佳さんを伴って病室を出て行った。個室には僕と秋夫と、そして瀬尾さんだけになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;部屋の中を見回した。花瓶には別の花が鮮やかに咲いているから僕の花は出番がないかもしれない。ケーキをテーブルの上に置いた。静かに置いたつもりだったけれど、小さな音が立ってしまった。瀬尾さんがそれに反応した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「誰かいるの？」&lt;br /&gt;布団を被ったまま瀬尾さんが言う。僕は素直に謝った。&lt;br /&gt;「ごめん、僕と秋夫がまだ部屋に……。今、出て行くから」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;「ケーキ、ここに置くね。あとでお姉さんと一緒に食べてね」&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;「……えっと、また来るから」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんからの返事がないことが僕を打ちのめしていた。見えるようになった瀬尾さんにとって僕は必要のない人間なんだろうかと、涙が出そうになる。秋夫に目配せした。小声で促す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「行こう」&lt;br /&gt;だが次の瞬間、秋夫はつかつかと瀬尾さんに向かっていった。&lt;br /&gt;「秋夫…？」&lt;br /&gt;なにをするのかとただ呆然とする僕を残し、秋夫は瀬尾さんの布団を剥がした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子、起きろ」&lt;br /&gt;瀬尾さんがのろりと身を起こした。その肩を秋夫の両手が掴んだ。&lt;br /&gt;「おまえ、見えてねぇんだろ」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;急に視界が狭まった。目の前に絶望とも恐怖とも括れない無彩色の影が、不安とともに迫ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;…&lt;a href=&quot;http://semitohimawaritokimi.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/18-4185.html&quot;&gt;続きを読む&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説本文</dc:subject>

<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-04-11T16:29:23+09:00</dc:date>
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<title>#18 取引</title>
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<description>　　　　 病室のドアが静かに開いた。その音に紛れるように瀬尾さんが早口で言った。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　　　&lt;br /&gt;病室のドアが静かに開いた。その音に紛れるように瀬尾さんが早口で言った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　―――お姉ちゃんには言わないで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その悲痛な響きは、いつまでも、僕の胸を締めつけたまま……&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「洵、帰ろうぜ」&lt;br /&gt;ベッドに身を沈めてしまった瀬尾さんから離れ、秋夫は何事もなかったかのように僕を促した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あ。…う、うん」&lt;br /&gt;動揺を隠せない僕は、病室に入ってきた美佳さんの視線を避けた。床の一点を無意味にみつめながら頭を下げる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「じゃあ、僕たち、この辺で失礼します」&lt;br /&gt;自分の声がどこから出ているのかよく分からない。&lt;br /&gt;「瀬尾さん、お大事に。また、また来るから……」&lt;br /&gt;廊下に出てからドアが閉まるまでの間、辛うじてそれだけは伝えた。背中を向けたままの瀬尾さんが頷いたかどうか、秋夫に押し出されて見ることはできなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ほら」&lt;br /&gt;放心している僕を秋夫がまた突いた。のろのろしている僕を見限って秋夫が前に出る。&lt;br /&gt;「行くぞ」&lt;br /&gt;その声に流されるように付いて行く。いったいどうして……。頭の中ではそればかりがぐるぐるぐるぐる回っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エレベーターを待っていると、美佳さんが僕たちを追いかけてきた。降りる人と乗り込む人を見送って、僕たちはその場に留まった。美佳さんが待合室を指した。そっちへ、という意味だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕たちをテーブル席に座らせて、美佳さんは自動販売機に向かった。ポケットから財布を取り出して慣れた手つきで缶コーヒーを買っている。ふたつ。僕と秋夫の分だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「どうぞ」&lt;br /&gt;厳しい顔つきのまま、美佳さんは言った。&lt;br /&gt;「すみません」&lt;br /&gt;僕は頭を下げた。秋夫は無論、黙ったままだ。それに対抗するわけじゃないだろうけど、美佳さんもそのまま口を閉ざしてしまった。気詰まりな沈黙が続く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの、」&lt;br /&gt;耐え切れず話しかけたのはやっぱり僕だ。ふたりの視線が同時に向かってくる。僕は美佳さんを窺う。&lt;br /&gt;「大丈夫ですか？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言ってから、なんでそんなことを、と自分自身につっこみつつ、でもこの場にもっとも相応しい言葉が他にみつからなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;美佳さんは僕から目を逸らし溜息をついた。溜息と言うよりも長い吐息に近い。そして再び、僕に視線を合わせた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子のことだけど」&lt;br /&gt;　美佳さんは思いつめた目で僕を、秋夫を見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの子の……」&lt;br /&gt;　また言葉が止まる。無意識だろうか、右の親指の爪を噛んでいる。葛藤が垣間見えて息苦しさが伝染してくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの子の目は、見えてないの」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「―――――はい」&lt;br /&gt;　苦しげな美佳さんを気遣った瞬間、美佳さんは驚いて僕を見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子が言ったの？」&lt;br /&gt;「いえ、瀬尾さんはなにも……」&lt;br /&gt;「じゃあ気づいたの？」&lt;br /&gt;「え、っと」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;曖昧に頷いた。気づいたのは僕じゃなく、秋夫だ。でも秋夫はさっきから自分はまるで関係ないという顔をして座っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あの、瀬尾さんはどうして、」&lt;br /&gt;秋夫には構わずに話を進めた。なによりも僕が気になって仕方がないから。&lt;br /&gt;美佳さんは細い首筋に手を当てて息を吐いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「先生がいうには、手術は成功してる、見えるはずだって言うの。それでも見えないのであれば心因的な問題以外にはない、って」&lt;br /&gt;「心因的…」&lt;br /&gt;「明日から別棟にある心療内科で診てもらうことになってる」&lt;br /&gt;「そんな」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;絶句する僕の横から秋夫が口を挟んだ。&lt;br /&gt;「見たくないものがあるから、見ないってことだろ」&lt;br /&gt;「見たくないものって？」&lt;br /&gt;僕は反射的に大声を上げた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;午後の面会時間は賑やかだ。おもいつめた表情で固まっている僕たちの横では、女の人たちが昨日のテレビドラマの話をしている。自動販売機の前でなにを飲もうか迷っている人や、備え付けの洗面台でしきりに手を洗っている子供、ゆったりとした動作で歩く人たち。僕たちが直面した現実に比べると誰もが平和に思える。もちろん、気のせいだろうけれど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「火事に巻き込まれて目が見えなくなったんだよな。それと関係があるんじゃねえのか」&lt;br /&gt;秋夫にしては珍しく、まともな投げ掛けをした。美佳さんが少し黙る。僕も、黙る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「事故じゃないのよ」&lt;br /&gt;観念したように美佳さんは険を解いて僕たちに向き直った。なにかを共有するような空気が流れた、と思ったすぐにあとに衝撃がやってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「放火……。家は放火されたの。そのとき父と母は殺された」&lt;br /&gt;「！」&lt;br /&gt;「園子もそこにいたの。でも、なにも覚えてない」&lt;br /&gt;「そして目も見えなくなった」&lt;br /&gt;秋夫が口にしたそれに、美佳さんは両手で額を押さえた。細い肩が震えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「け、警察はなんて？」&lt;br /&gt;　僕はたまらずに言った。&lt;br /&gt;「警察？」&lt;br /&gt;　美佳さんは吐き捨てるように言った。&lt;br /&gt;「あてになんかならない。あの放火を、警察は母が父を刺し殺した末の無理心中だと結論付けた」&lt;br /&gt;「そんな…」&lt;br /&gt;「信じられると思う？　明るい母が優しい父を殺す？　ありえない。そんなこと絶対にない。状況証拠？　法医学？　そんなもので何が分かるの。家の中はいつも笑い声で溢れてた、幸せだったのよ」&lt;br /&gt;奥歯を噛みしめて、美佳さんは唸るように言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「無理心中なんかじゃない。あれは放火殺人よ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そう思う根拠があんのか？」&lt;br /&gt;腕組みのまま秋夫が聞いた。態度はぞんざいだが目には力がある。美佳さんははっきりと言った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あるわ」&lt;br /&gt;気がつくと、僕は上着を手繰り寄せていた。病院内の空調温度が下がったのかと思ったけれどそうじゃなかった。エレベーターから降りた人たちの顔は相変わらず上気している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子にはつきあっている男がいた」&lt;br /&gt;美佳さんの落とした声につられて僕たちは美佳さんの方に身体を傾けていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「その男が犯人だと私は思っている。園子はそれを見たんじゃないかと。だからショックで記憶を失くした」&lt;br /&gt;「目も見えなくなった」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;秋夫の付け足した現実に僕の気持ちは追いついていかない。いつも明るくて無邪気な瀬尾さんばかりが目の裏に蘇ってくる。胸が苦しくなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子に恋人がいたことは間違いないの。だけど、その男にどうしても辿りつけない」&lt;br /&gt;「どういうことですか？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;聞いてから、わかりきったことを口にした自分自身を悔いた。&lt;br /&gt;家は焼けてしまったのだ。瀬尾さんがもしも日記を書いていたとしても、それは消えてしまった。携帯もパソコンも写真も、瀬尾さんのものは思い出ごとすべて燃えてしまったのだ。瀬尾さん自身も記憶を失くしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「園子の友達にも聞いて回ったわ。だけど誰も園子がつきあっていた男のことを知らない」&lt;br /&gt;「なぜ？」&lt;br /&gt;「隠す理由があったってことか」&lt;br /&gt;　僕の疑問に秋夫が答える。&lt;br /&gt;「園子に口止めをしていたのかもしれない」&lt;br /&gt;「単なるストーカーってことはないのか？」&lt;br /&gt;「それはないわね」&lt;br /&gt;　秋夫を遮って美佳さんは言った。&lt;br /&gt;「この二年半、園子は無意識にその男の存在を口にしているの」&lt;br /&gt;「あ…」&lt;br /&gt;　思い当たり、僕は口元を押さえた。―――間違いない、瀬尾さんの隣で映画を見ていた男だ。呼び名は、“コウちゃん”。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「探して」&lt;br /&gt;　美佳さんの目が真っ直ぐに僕たちに向かってきた。&lt;br /&gt;「探してくれたら、もう園子とつきあうことを反対しないわ」&lt;br /&gt;　僕と秋夫は顔を見合わせていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「やってくれる？　園子のために」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;瀬尾さんとの日々が僕の頭の中を切れ切れに流れていった。目が見えなくても瀬尾さんはキラキラした可愛い女の子だ。僕は全然、それでも構わない。僕が瀬尾さんの手足になってずっと、この先もずっとそばにいればいいんだから。だからこのまま―――&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「記憶が戻れば、瀬尾さんの目は見えるようになるんですよね？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;気持ちとは裏腹に、僕は情けない目を晒して美佳さんに詰め寄っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうしたら瀬尾さんは、幸せなんですよね？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幸せかどうか……&lt;br /&gt;それは僕には判断できない。思い出したくないから記憶に鍵を掛けて自ら『見ない』ことを選んだ。ならばこのまま―――&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「そうよ。どんなにつらくても残酷でも、園子には思い出してほしい。現実を生きてほしい」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「……」&lt;br /&gt;　僕はぐっと目を閉じた。&lt;br /&gt;　美佳さんは正しい。&lt;br /&gt;　瀬尾さんは今、現実を生きていない。&lt;br /&gt;　それは瀬尾さんにとって、幸せだとは言えないんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「わかった」&lt;br /&gt;　低く強い声が僕の横から美佳さんへと伸びた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【つづきは次の更新をお待ちください】&lt;/p&gt;

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<dc:creator>ゆうゾウ</dc:creator>
<dc:date>2009-05-31T13:24:26+09:00</dc:date>
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