#06 秋夫と映画
「DVD?」
一枚のディスクを引き抜いてパッケージを見る。92年の映画で、メグ・ライアン主演の『キスへのプレリュード』だった。僕が最近ハマッている女優だ。
「たぶん洵の好みだ」
「僕の?」
「精神的な問題を抱えた女が恋に落ちて結婚する。結婚式当日、幸せの絶頂で花嫁が老人と入れ替わっちまう。お得意のロマンチックラブコメディだな。おまえ、この系統が好きだろ」
「え」
どうして知ってるの…、と続く問いを先回りして秋夫が言った。
「レンタルデータを見れば一目瞭然」
秋夫は澄まして言った。
「洵が今までに借りた履歴は全部残ってる」
「うそ!」
「普通そうだろ」
「え、ってことは、えっと」
アダルトなあれやこれや、そういう履歴も残っているのか…。僕の動揺を鼻先であしらって秋夫は言った。
「犯罪者にでもならなきゃ外には漏れないって。心配すんなよ」
そういうことを言ってるんじゃないけど…。
もぞもぞしていると、手に持ったままのDVDを秋夫が指した。
「メグ・ライアンが好きなら普通はこれ、おさえるぞ」
「そうなんだ」
「ああ。彼女の可愛さが見れる」
「……」
確かに僕はシリアスな役柄の彼女よりもチャーミングな彼女の表情が見たいし、粗筋を読んで排除するのはコメディ要素が薄いものだった。
テーブルを挟んで秋夫の前に座った。見下ろしていた位置から同じ目線になると、昨日は全く感じることがなかった親近感が湧き上がってきた。たぶん、大好きな映画の話をしているせいだろう。
「今からメグ・ライアンにハマるヤツもたいがい珍しいけどな」
「好きになるのに遅いも早いもないよ」
それから僕たちは自分たちより随分年上の彼女について、まるで同世代みたいな口ぶりでその魅力を語り尽くした。2000年より前の作品ばかりを競うようにレビューし、イチオシの名シーンを披露しあった。打てば響くリズムが心地良くて胸が躍る。インターネットのコミュニティ以外で映画について語るのは久しぶりのことだった。タイムラグのないやりとりが新鮮で楽しかった。
「なんといっても、『ユー・ガット・メール』がいいよ。彼女との出会いの映画だ。『恋人たちの予感』もよかったな。テーマも好きだった」
「おまえならそうだろうな」
「どういう意味? そういう鈴木くんは彼女の作品でなにが一番なの?」
「『トップ・ガン』はいいな。あれ観ると戦闘機に乗りたくなる。オヤジが持ってるんだ、ビデオで。知ってるか?」
「知ってるけど、でもメグ・ライアンは出てないよ」
「出てるって」
「嘘だ」
「嘘じゃねぇって」
それから僕たちは瑣末な言い争いをした。
不思議な感覚だった。『友人との会話』は僕が病んでしまう前までは日常だったはずなのに、それさえが創り上げた想像みたいにあまりに遠く思えた。考えてみれば僕は一年以上、友達と名のつく他人と言葉を交わしてはいなかった。
高校卒業と同時に離れていった友人たち、自分から遠ざけた友人たち、それでも残った片手で足りる友人たちとも、彼らが大学を出て就職し社会人になってからは疎遠になった。あたりまえのことだ。僕と彼らは違う時間の世界に住んでいる。まじわれるはずがない。
僕の世界はネットと映画の中にある。
これが現実だ。
そう自分に言い聞かせて過ごしてきた。
けれど、僕は本当は、他人と関わって生きていきたかったんだろう。
でなければ秋夫と話している自分がこんなにワクワクしているはずがない。
「鈴木くんは誰が好きなの?」
僕は、秋夫ともっと話したくて身を乗り出した。
◇ ◇ ◇
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